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fight

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となりその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ

ZERO-ONE、ハッスル、WWE、ビッグマウス

団体 解説

zero-one

 

ZERO-ONE公式ホームページ

ZERO-ONE(ゼロワン)は、「闘魂三銃士」の一人、橋本真也が代表取締役社長を務めていたプロレス団体。2000年に「有限会社ゼロ・ワン」として設立された。 2000年、引退をかけて小川直也との最終戦に挑むも敗れ、惜しまれつつも公約通り引退したが、その後に引退撤回。新日本プロレス内に独立団体を作ろうとしたところ、新日本プロレスより解雇処分となり、この団体を自ら設立するに至った。 その後、プロレスリング・ノアの協力、UFOの小川直也らの参戦なども有り、徐々に規模を拡大しつつあった。 また、大谷が創設した「火祭り」など、独創性に富んだ興行を提供し続けていた。 最近はDSEと組んで、ハッスルシリーズに注力していた。 しかし2004年11月25日、崩壊。ただし橋本が抜けただけでZERO-ONE MAXとして大谷晋二郎を中心に再出発している。

大谷晋二郎、高岩竜一、大森隆男、藤田ミノル、田中将斗、横井宏考ほか

選手 解説

「炎の刃」

大谷晋二郎

身長181cm  体重107kg

得意技

  • ドラゴンスープレックス
  • コブラホールド
  • スパイラルボム
  • 顔面ウォッシュ
  • スワンダイブ式ドロップキック

1972年7月21日 山口県山口市出身

高校卒業と同時にA浜口ジムの門を叩き、'92年2月に新日プロデビュー。94年1、UWA世界ジュニア・ヘビー級王座。'96年、初代WCW世界クルーザー級王者、UWA世界ライト・ヘビー級王座を獲得、'97年、第5代ジ ュニア7冠王座、IWGP ジュニア王座。'98年、高岩と初代 IWGP ジュニア・タッグ王 者。2001年1月4日東京ドームで武藤敬司と緊急合体し凱旋帰国。2001年1月橋本主催「ZERO-ONE」に移籍。 現在はプロレス団体「ZERO−ONE MAX」代表で、その運営会社「ファーストオンステージ」取締役。 愛読書はプロレスの教科書。趣味はパチンコ。

大谷晋二郎公認応援会 TEAM OHTANI

「超竜」

高岩竜一

179cm 103kg 血液型O型

得意技

  • デスバレーボム
  • 餅つき式パワーボム
  • ラリアット

1972年7月5日 京都府亀岡市出身

少年時代より柔道に熱中。高校卒業後はウェイト・トレーニング・インストラクターになるべく専門学校に通った。92年、新日本プロレスに入門。98年、大谷と組んで初代IWGPジュニアタッグ王者に。00年、ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアVIIで初優勝。 IWGPジュニアヘビー級王座、ジュニア2冠制覇を達成。01年、橋本主宰「ZERO−ONE」に移籍。 趣味は競馬と読書(大沢存昌)。

大森隆男

1969年10月16日生まれ

東京都世田谷区出身

得意技

  • アックスボンバー
  • かち上げ式エルボースマッシュ
高校時代は柔道、大学時代はアメリカンフットボール。その後アニマル浜口ジムでトレーニングを積み、1991年に全日本プロレス入門。翌年10月の浅子覚戦でデビュー。 その後、秋山準とのタッグで第62代アジアタッグ王座獲得。高山善廣、浅子とのトリオで「NO FEAR」結成し、高山と第66代アジアタッグ、第38代世界タッグを獲得。 2000年NOAH旗揚げに参加。2002年に米国遠征し、WLM王座を獲得。2003年、2月にノア退団、3月WJプロレス旗揚げに参加。 2005年1月23日、第32代AWA王座を獲得した。ジャンボ鶴田・マサ斎藤以来日本人3人目。

破壊なくして創造なし

「破壊王」

橋本真也

1965年7月3日生まれ

岐阜県土岐市出身

爆勝ROOM:橋本真也に関するホームページ

得意技

  • 各種キック
  • トラースキック
  • 垂直落下式DDT
  • ジャンピングDDT
  • 水面蹴り
  • 裟切りチョップ
  • ツバメ返し

 

最後の言葉

「いつ、どこで、誰と闘うのか、仮に復活することが不可能であったとしても、己の道は己が決めます」

長州には 「チンタ」 と呼ばれ、武藤や蝶野からは レスラーなのに「ブッチャー」と呼ばれている。尊敬するレスラーはアントニオ猪木、ミスター・ヒト。

中京商高時代に柔道で活躍、1984年4月、新日本プロレスに入門。アントニオ猪木に師事する。武藤敬司、蝶野正洋と共に 「闘魂三銃士」と呼ばれる。89年、マサ・齋藤とIWGPタッグ獲得。93年、グレート・ムタを破りIWGPヘビー級王座獲得。 94、95年にはIWGP王座最多防衛記録を樹立。98年、G1 CLIMAX初優勝を果たす。 2000年4月7日、東京ドームにて、対小川直也戦。最後はSTO6発を浴びて15分9秒、KO負けをし、公約どおり新日に辞表提出。 同年8月23日、引退撤回表明。10月9日、東京ドームで復帰戦。 その後、新日内に別組織「ZERO」を作ろうとしたが、その結果、同年11月13日付で、新日より解雇を言い渡され、ZERO-ONE設立し、完全独立。2001年、小川とのOH砲でNWAインターコンチネンタルタッグを奪取した。2003年、グレート・ムタを破り三冠ヘビー級王座獲得。2004年ハッスルワン参戦、ハッスルキングと呼ばれる。ラストマッチはゼロワンの8.31岩手県営体育館大会。NWAインターコンチネンタルタッグとして藤原善明と大谷晋二郎・大森隆男を迎え撃った。結果は藤原が大谷のキングコブラホールドによって敗れ、王座陥落、試合後に右肩負傷の為、長期欠場へ。11月、1億円を超える負債を抱えゼロワンの活動停止を発表。12月、約9時間に及ぶ右肩手術を行い成功。2005年7月11日午前、横浜市南区の横浜市立大付属市民総合医療センターで亡くなった。40歳だった。 心肺停止状態で救急車で搬送されたが、間もなく死亡が確認された。死因は脳内出血。 生涯でIWGPベルトを合計20回防衛した。

団体 解説
ハッスル

「ファイティングオペラ」という従来のプロレス・格闘技と異なるコンセプトを持つ。

PRIDEを主催するドリームステージエンターテインメント(DSE)とZERO-ONEが手を組んで始められプロレス大会。橋本真也と小川直也が考案した「ハッスルポーズ」は、スポーツ界・芸能界にも広まって流行した。 高田総統率いる「モンスター軍」と橋本・小川中心の「ハッスル連合艦隊」との争いというストーリーが軸となっている。

小川直也、アン・ジョー、ハッスルK、高田総統、橋本真也、ハッスル仮面ほか

選手 解説

小川直也

「暴走王」

1968年3月31日生まれ

得意技

  • STO (スペース・トルネード・オガワ)
  • GTO
  • 竜巻谷落とし
  • トライアングルサブミッション

1986年明治大学に入学し、全日本学生選手権で優勝。 1987年 世界柔道選手権・無差別級で優勝。1989年 世界柔道選手権で95kg超級、無差別級の2階級制。1991年 日本中央競馬会職員として就職。世界柔道選手権・無差別級で優勝。1992年 バルセロナオリンピックで95kg超級・決勝で敗れ、銀メダル。1996年アトランタオリンピック95kg超級で5位に終わる。

1997年 4月12日に新日本プロレスマットで橋本真也をTKOしデビュー。プロ格闘家への転身を表明。

99年1月橋本真也と3度目の対決、破壊王を破壊する。7月PRIDE参戦、ゲーリー・グッドリッジに勝利。 04年8月 PRIDE・GP準決勝戦、エメリヤーエンコ・ヒョードルに敗北。

団体 解説

WWE

 

SMACK DOWN

フジテレビでは「WWE-X」というタイトルで、ロウとスマックダウンのダイジェストを放送している。

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2001年以前はWWF (World Wrestling Federation) という名称であったが、全く同じ略称のWorld Wide Fund For Nature(世界自然保護基金)に名称の改変を求める訴訟を起こされ敗訴、WWEに改めた。 現オーナーはビンス・マクマホン。株式上場の際、事業内容を公開するにあたってシナリオ(アングル)の存在を公式に認めた。また、レスラー達の呼称は「スーパースター」に統一されており、レスリングとは別のものであることをアピールしている。WWEに登場する女性はディーバ(DIVA)と呼ばれ、マネージャーからレスリングまで行う。 演出技術にはハリウッドのスタッフを抱え、TV ショーとして計算されつくされており、日本のプロレスや格闘技とは違い、ストーリー性を重視する。メインとなる番組は「RAW(ロウ)」と「SMACKDOWN(スマックダウン)」の二つ。

ザ・ロック、バティスタ、クリス・ジェリコ、エディ・ゲレロ、ランディー・オートン、HHH、TAJIRI、ビッグショー、ジョン・シナ、ブッカーT、リック・フレアー 、レイ・ミステリオ、ケンゾー、カートアングルほか

選手 解説

エディ・ゲレロ

EDDY GUERREEO

1967年10月9日

メキシコチワワ州ファレス出身

174cm 95kg

得意技

  • フロッグ・スプラッシュ
  • 垂直落下式ブレンバスター
  • スワンダイブ式プランチャ
90年に他界した大レスラー、ゴリー・ゲレロの四男。レスラーでもある実兄チャボ、マンド(アーマンド)、ヘクターの3人からレスリングの基礎を学ぶ。86年にファレスでデビュー。92年、新日本プロレスに初来日。その後、EMLLと契約。92年にマスクマンの初代マスカラ・マヒカに変身。11月にAAAに入団。アグアスカリエンテス大会から出場し、その場でマスカラ・マヒカのマスクを脱いで素顔になる。93年より2代目ブラック・タイガーに変身。ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに出場し初優勝。94年に米国に進出し、95年よりWCWに参戦。96年からUSヘビー級王座決定トーナメントに出場。WCW・USヘビー級王座を獲得。97年、クリス・ヴェノワを破りWCW世界クルーザー級王座を獲得。レイ・ミステリオ・ジュニアに敗れて王座転落するが、リターン・マッチに勝利して王座を。00年にWWFへ移籍し、WWFヨーロピアン王座。02年、3年半ぶりに新日本プロレスに登場。T2000ジュニアの強力な戦力として活躍。04年、「ノーウェイアウト2004」でブロック・レスナーと対戦。ゴールドバーグの乱入も含めた29分55秒の消耗戦の末、フロッグ・スプラッシュで勝利しWWE世界ヘビー級王座を獲得した。
TAJIRIの公式サイト
興業 解説
ビッグマウス

上井文彦氏プロデュースの新プロレスイベント。

005/4月中旬 ビッグマウス旗揚げ興行戦

両国国技館?有明コロシアム?

▼長州力 vs 柴田勝頼

▼村上和成 vs X

「格闘王」

前田日明

本名 高日明

1959年1月24日生まれ

大阪府大正区出身

「格闘王」

ビッグマウス・レスリング〜BIG MOUTH LOUD〜

前田「本当のストロング・スタイルを作りたい。総合でも通用するプロレスラーを作りたい」

在日朝鮮人3世。中学時代から空手を習う。大阪北陽高校卒業後に無想館拳心道2段となる。77年に新日本プロレス入門。山本小鉄戦でデビュー。デビュー後、67連敗。82年イギリス遠征。83年にヨーロッパヘビー級王座を獲得。25歳の時、日本人に帰化。新日本プロレスを離脱し84年にUWFを旗揚げ。旗揚げシリーズ後は、佐山聡のシューティングを基本に試合を行う。UWFは85年に崩壊。86年に新日本プロレスに出場。アンドレ・ザ・ジャイアントにセメントマッチをしかける。アンドレは試合放棄。ドン・ナカヤ・ニールセンとの異種格闘技戦で勝利。87年、長州の顔面にキックをして眼底骨折を負わせ、その事件がきっかけで新日本プロレスを解雇。88年に第2次UWFを旗揚げ。89年、柔道王W・ウイルヘルムと対戦し、膝十字で勝利。91年、リングスを旗揚げ。99年、引退試合で、アマレスでオリンピック3連覇のアレキサンダー・カレリンと対戦。試合は判定負け。RINGS 旗揚げ前にすでにUWF時代の古傷の左膝前十字靱帯を部分断裂していた。その後の試合で左膝内側側副靱帯の損傷も生じ、後十字靱帯まで断裂。しかし「左足がなくなってもやります」と前田は必死の覚悟で試合に挑んだ。左膝を2回も手術し、左膝前十字靱帯、左膝後十字靱帯を人工靱帯にした。 リングスを運営していたが、02年に興行停止。

柴田勝頼

1979年11月17日生まれ

三重県桑名市出身

183cm 103kg

得意技

  • SBKサッカーボールキック
  • PKペナルティキック
  • FKフリーキック

レフェリーとして活躍した柴田勝久氏の息子。高校時代はアマレス、97年全国グレコ選手権に出場。98年に新日プロ入門。99年、デビュー。 新日プロでは初の二世レスラー。03年、魔界倶楽部の一員、魔界4号となる。魔界倶楽部1周年記念パーティーで魔界4号のマスクを脱ぎ、柴田勝頼であることを明かす。K−1ルールに初挑戦、天田ヒロミと初対決。負けはしたもののダウンを奪う。 04年、武蔵と異種格闘技ルールで対決。ジャングルファイトに参戦し、初挑戦となる総合ルールでアイスマンを撃破。新闘魂三銃士の一員として棚橋弘至・中邑真輔とともに期待されるも05年、新日本プロレスを退団。プロレス復帰第1戦が、今春開催予定の上井文彦氏プロデュース興行旗揚げ戦と決まっている。

村上和成

1973年11月29日

富山県婦負郡出身

186cm 95kg

村上和成 公式サイト

高校時代より柔道を始め、95年、拓殖大学の先輩に当たる西良典が主宰する和術慧舟會に入門。真・格斗術トライアル・卜一ナメントで総会格闘家としてデビューし、グローブルール重量級で優勝。96年、第3回エクストリーム大会に出場し、TKO勝ち。97年、東京ドームにおける「PRIDE1」に出場し、ジョン・ディクソンに完勝した。順道会館の館長に就任後、JJA(順道柔術アカデミー)を主宰。98年よりUFO所属。99年よりバトラーツに参戦。00年、新日本プロレスに初登場。

村上和成「上井さんに『興行に出たい』という意向は伝えた。カードでもめた事はあるが、上井さんという人間に惚れている。恩があるし、尊敬している。対戦相手は、2人くらい絞り込んで言わせてもらった」

 

サイト内リンク 解説
●プロレスの楽しい見方 プロレスとは、そしてプロレスを楽しく見るために心掛けておきたいこととは。プロレスに対する考え方は人それぞれ違います。全くプロレスを知らない人も、プロレスの面白さがわからない人も、一度プロレスを見に行ってみればプロレスの魅力にはまってしまうことは間違いなしです。
●プロレスリング・ノア 三沢が2000年に旗揚げた団体。小橋建太、丸藤正道、KENTA、秋山準、鈴木鼓太郎ほか。
●新日本プロレス

1972年にアントニオ猪木が旗揚げ。ストロングスタイルを掲げ、プロレス最強を唱える。蝶野正洋、天山広吉、棚橋弘至、中邑真輔、永田裕志、獣神サンダー・ライガーほか。

●全日本プロレス 2002年、武藤敬司らが新日本プロレスから移籍、社長に就任。 川田利明、小島 聡、太陽ケア、 カズ・ハヤシ、渕 正信、馳 浩、石狩太一、 諏訪間幸平、R・O・Dほか。

●その他プロレス団体

みちのくプロレス、DRAGON GATE、KAIENTAI-DOJO、大坂プロレスなどの団体の解説とリンク。
●フリー選手 天龍源一郎、佐々木健介、高山善廣、鈴木みのる、長州力ほか。
●プロレス歴代MVP

東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞MVP選手を見ればプロレスの歴史がわかる。現役ベルト保持者表もあり。

●K-1、PRIDE K-1、PRIDEへのリンク。
●総合格闘技団体 パンクラス、サンボ、修斗の団体へのリンク。
●柔道、空手など 講道館や吉田秀彦選手のリンク。
●goods &格闘技関連サイト プロレスや格闘技団体のTシャツやグッズの店のリンク。

 

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