原文:「The Devil's Dictionary」A.ビアス (著)
ABASEMENT [卑屈]
n. 強大な力を前にしたときの慣習的で適切な心構え。特に、従業員が雇用主に話しかける場合にふさわしい。
ABILITY [才能]
n. 野心の、その小部分を達成するためにある生まれつき備わっているもの。近年の分析で、才能とは真面目さを主要素とするものだと一般に判明している。が、おそらく、この印象的な性格は正しく称賛されたとみるべきだろう。真面目にふるまうのはたやすいことではないのだ。
ABSCOND [姿を晦ます]
v.i. 「ミステリアスな動き方をする」こと。通例、他人の財産と一緒に。
ABSENTEE [不在者]
n. 先見の明をもって重税の国から身を引いた収入のある人。
ABSTAINER [節制家]
n. 快楽を拒絶せよという誘惑に屈する弱者。禁欲家とは、節制すること以外については慎ましい人物のことであり、特に他人の問題に対する無反応を慎む。
ABSURDITY [不合理]
n. 自分自身の意見と明らかに矛盾する陳述、あるいは信念。
ACCIDENT [アクシデント]
n. 不変なる自然原理の作用を原因とする不可避の出来事。
ACCOMPLICE [共犯者]
n. ある者が犯行に及ぶにあたり、その罪を承知しながら共謀・結託する人物。たとえば、依頼人の罪を知りながら、弁護を行う弁護士のような。弁護士の立場についてのこの見解は、今のところ弁護士たちの賛意を得ていない。誰もその賛意に対する謝礼をオファーしたことがないからだ。
ACCORD [合意]
n. 声を合わせること。
ACCUSE [責める]
v.t. 他人の罪・無能を主張する。だがそのほとんどが、他人に対する不当な扱いの正当化手段である。
ACHIEVEMENT [達成]
n. 努力の死滅にして倦怠の誕生。
ACKNOWLEDGE [認める]
v.t. 白状すること。我々は本当のことが大好きなため、他人の過ちを認めることはもっとも高潔な義務とされる。
ACQUAINTANCE [知り合い]
n. 金銭を借りるに充分な面識があるが、金銭を貸すには充分な面識のない人物。友情関係における一階級であり、対象が貧乏・無名であるときは「軽微な関係」と呼ばれ、対象が裕福・高名であるときには「親密な関係」と呼ばれる。
ACTUALLY [実のところ]
adv. たぶん。ひょっとしたら。
ADHERENT [味方]
n. まだ骨の髄まで吸い尽くしていないと考えている支持者。
ADVICE [忠告]
n. 最小の流通貨幣。
ALLIANCE [同盟]
n. 国際政治において、2人の盗賊が結びつくこと。両者はともに相手のポケットの奥深くを手探りしているため、単独では第三者から略奪することができない。
AMBIDEXTROUS [両手ききの・狡猾な]
adj. 右手でも左手も同じ程度の腕前でポケットをすることのできる。
APOLOGIZE [謝罪する]
v.i. 先々の攻撃のために基礎を固めること。
APPEAL [上告する]
v.t. 法律において、サイコロを振りなおす準備をすること。
APRIL FOOL [四月馬鹿]
n. 馬鹿さ加減が一月分増えた三月の馬鹿。
ARCHITECT [建築士]
n. ひとの家のプランを描(ひ)きつつ、そのひとの預金の引出しをプランするひと。
AUCTIONEER [競売人]
n. 舌でもって懐をすりとったことを、ハンマーでもって宣告するひと。
BACK [背中]
n. 逆境にあるときにじっくり眺めることが特別に許される、友人の体の一部。
BATTLE [戦闘]
n. 舌先ではほどけなかった政治的もつれを歯でほどくという手段。
BIGOT [頑固者]
n. 他人が喜ばない意見を執念深くかつ熱狂的に抱くひと。
BOUNDARY [国境線]
n. 政治的地理問題において、二国間にあり、一方の国の想像上の権利ともう一方の国の想像上の権利とを分けへだてる、想像上の線のこと。
CABBAGE [キャベツ]
n. 人の頭と同じくらいの大きさと賢さを備えたお馴染みの菜園野菜。
CALAMITY [災難]
n. 並々ならぬ明瞭さで、この世のものごとは思い通りにならないということに気付かせてくれるもの。災難には2とおりある。ひとつは我が身の不幸、もうひとつは彼が身の幸福。
CANNON [大砲]
n. 国境線の誤りを修正するのに使われる器具。
CLOCK [時計]
n. 人間にとって精神的に大きな価値のある機械。
CONNOISSEUR [鑑定士]
n. あることについてはすべてのことを知っているが、それ以外のことは何も知らない専門家。 一人の老いた酒飲みが鉄道旅行中に衝突事故に巻き込まれた。何かのワインが唇に滴り落ちてきて彼はよみがえった。「ポウリアックの1873年もの」そう呟いて老人は息を引き取った。
CONSULT [相談する]
v.i. すでに決まってしまったものごとについて他人の賛意を捜し求めること。
COWARD [臆病者]
n. 危険にさらされたときに足で考えるひと。
DAWN [夜明け]
n. 理知的人間が寝る時間。ある種の老人はむしろ起床の時間としており、水浴びしたうえ空きっ腹を抱えたまま長々と散歩したり、さもなければ他の方法で肉体を抑えつけたがる。そしてこれらの運動こそが健康と長生きの秘訣なのだと自慢げに指摘したりする。しかし、かれらが健康的なまま老年を迎えたその真相は、その習慣のためではなく、その習慣にもかかわらず、なのだ。たしかに、見たところこのようなことをしている人ばかりが頑健である。だがその理由は、頑健でなかった挑戦者はみな取り殺されてしまったというだけのことなのだ。
DELIBERATION [熟考]
n. バターを塗ってあるのはどっちの面だろう、とパンをいじくりまわすこと。
DENTIST [歯医者]
n. 人の口の中に金属をすりこみつつ、ポケットからコインをすりとる手品師。
DICTIONARY [辞書]
n. 言語の発展を阻害し、生硬で融通のきかないものにする文芸上の悪質なデバイス。さりながらこの辞書はこのうえなく役に立つ作品である。
ECCENTRICITY [奇行]
n. 安上がりに有名になる手段。
EXPERIENCE [経験]
n. とある古い記憶を、今すでに大喜びで受け入れてしまった愚行のことだと理解させてくれる英知。
FUTURE [未来]
n. 歳月の一区切りのことで、この中では商売は繁盛し、友人たちは誠実であり、幸福が保証されている。
GHOST [幽霊]
n. 内心の恐怖が外界で具現化したもの。
GOOSE [ガチョウ]
n. 書きもののための羽ペンを与えてくれる鳥。羽ペンには、大自然のオカルトチックな処理によってか、程度の差はあれ鳥の知力と鳥の情性が染みこんでおり、そのため、「作家」と呼ばれるひとがインクに浸し、機械的に紙の上を走らせると、その結果は、ガチョウの思考と感情をみごとにかつ正確に表現したものとなる。ガチョウたちの違いは、この天才的手法によって判明したところでは、こう考えられている。ガチョウたちの大部分は取るにたりない能力の持ち主であり、ごく一部、ほんとうにすばらしいガチョウのように思えるものがいる。
IMAGINATION [想像力]
n. 詩人と嘘つきが所有権を共有する事実の倉庫。
IMPROVIDENCE [その日暮らし]
n. 明日の収入から今日の食事を賄うこと。
INTERPRETER [通訳]
n. 片方の話を好きなように解釈して復唱することにより、異なる言語を操る二者の相互理解を可能にするひと。
IRRELIGION [無宗教]
n. 世の偉大なる信仰の第一にくるもの。
LAUGHTER [笑い]
n. 内からわきあがる発作のことで、顔立ちがゆがめられるのにともない、意味をなさない騒音がとどろく。伝染性を持ち、思い出したようにぶりかえす、不治の病である。
LAWYER [法律家]
n. 法をかいくぐるのに熟達した人物。
LEXICOGRAPHER [辞書編纂者]
n. 言語の発達におけるある特定の段階を記録することを建前とし、可能なかぎりその成長を止め、その柔軟性を失わせ、その用法を機械化する有害な輩。辞書編集者というものは、自分用の辞書を書き上げることによって「権威者」とみなされるようになるのだが、しかしながら彼の役割はただ記録をつくることであるにすぎず、法を定めることではない。人間の理解力が持つ本能的な従属性は、彼の者に司法的な権力を貯えさせ、判断する権利を明渡し、一記録に屈服するのである。まるでそれが彫像のように中立無私だと言わんばかりに。たとえば辞書が、ある優れた言葉に「廃語」とか「準廃語」などと註釈しているとする。それ以後、どんなにその単語が必要であっても、どんなにその単語の復活が望ましくても、ほとんどの人は使おうとしなくなる――それによって、改善主義者の暗躍は加速され、口語は崩れていくのだ。逆に、とにかく言語が発展するものであるのならば新機軸によって発展させなければならないという真理を悟って、新語を作り出したり、古語をなじみのない意味で用いたりしても、理解してもらえないし、「そんなの辞書にない」と思い知らされるのだ――時を最初の辞書が編纂される(神よ、かの編纂者にお赦しを!)前にさかのぼれば、辞書にある言葉を使っていた著者など一人もいないのに。英口語の全盛期・黄金時代――偉大なるエリザベス期の人々の唇からこぼれでた言葉が、独自の意味を持ち、その発音そのものが意味を伝えた時代、シェイクスピアやベーコンが登場し、今や猛スピードで滅びゆく一方、低スピードで刷新されてゆく言語が、すくすくと育ち、しっかりと守られていた時代――蜂蜜より甘美で、ライオンより強靭だった時代、辞書編纂者という人物は知られざる存在であり、辞書は、造物主がそうと意図せずに創造した編纂者によって創造された創作物だったのだ。
LIBERTY [自由]
n. 想像力の、もっとも貴重な物産のうちひとつ。
LOGOMACHY [舌戦]
n. 争いごと。武器は言葉、負傷は自尊心の浮き袋に空く穴―― 一種のコンテストだが、敗者が敗北に気づかないため、勝者に優勝商品が与えられることはない。
LONGANIMITY [我慢強さ]
n. 復讐のプランを温めている間、柔和な自制の念をもって侮辱に耐える素質。
LOOKING-GLASS [鏡]
n. ガラス質の平面体。人間に幻滅を感じるまでの束の間のショーを楽しませてくれる。 満州王は魔法の鏡を持っていた。その鏡をのぞきこんだものは、自分自身の鏡像ではなくて、王の姿だけを見るのであった。とある王の寵臣で、あつく遇せられていたがために王国のほかの誰よりも金持ちになっていた廷臣が王に向かって言った。 「陛下、あのすばらしい鏡を、どうか私にくださいませ。さすれば、陛下ご不在の折、その威厳あるお姿に浴することができずとも、私は鏡に映る陛下に忠誠をお誓い申し上げることができましょう。朝も昼もこの身を這いつくばらせ、これ以上ない神聖なる威厳に向かって。おお、宇宙の真昼の太陽よ!」 この演説に喜んだ王、例の鏡をこの廷臣の館へと運ぶように命じた。だか後になって、抜き打ちでこの館を訪ねてみると、がらくたばかりが積まれた部屋の中にこの鏡が放り込まれているのを発見してしまった。しかも、鏡は積もったほこりで曇っており、くもの巣が表面を覆っていた。怒った王は、拳を握り締めると鏡を叩き割り、重傷を負った。この不運になお王は怒り狂い、あの恩知らずの廷臣を牢屋にぶち込み、鏡を持ちかえって修復せよと命じた。実行された。だが王がふたたび鏡をのぞきこんだとき、以前は自分の鏡像が映っていたのに、いまはただ王冠を戴いたロバが映っているだけで、しかも後ろ足の蹄のひとつには血まみれの包帯が巻かれていた――鏡の作成者は言うに及ばず、のぞきこんだ者もみな知っていたのだが、怖くて報告できなかったのだ。英知と慈悲を学んだ王は、かの廷臣の自由を回復してやり、鏡を玉座の背もたれに備えつけ、何年も公正で謙虚な治世を行った。やがて玉座に座ったまま死の眠りについたその日、宮廷の人々は鏡の中に光り輝く天使の姿を見た。そして、その姿は今日も残っている。
MISFORTUNE [不運]
n. 絶対にとりのがさせてくれない類の運。
NONSENSE [意味不明]
n. このすばらしい辞書に寄せられる非難のこと。
OPTIMISM [楽天主義]
n. 主義、というか信念。そのこころは、あらゆるものは美しい、醜いものも含んで。あらゆるものは善良だ、特に悪人は。そのうえ、すべてが正しいと誤る。困窮に陥ることに著しく慣れている人々が著しい頑なさで奉じており、猿のような薄ら笑いを浮かべながら著しく無難に論じてみせる。盲信の一種であるから、反論という光明を寄せつけない――知性の混乱であり、死ぬまで手の施しようがない。遺伝性を持つが、幸いにも、伝染性はない。
PEACE [平和]
n. 国際問題では、2つの戦争期間の間にある詐欺期間。
PEDESTRIAN [歩行者]
n. 道路上の、自動車にとっては気まぐれ(かつ耳障り)な部分。
PRAY [祈る]
v. はっきり言えば取るに足りないたったひとりの請願者の利益のために万物の掟を捻じ曲げるように求めること。
PRECEDENT [先例]
n. 法律では、以前あった判決や経緯のこと。これはあらゆる力と権威とを備えているのだが、明文化されていないため、裁判官に取捨選択が委ねられている。その結果、裁判官の、自分の気に入ることをやるという仕事は非常に簡単になった。あらゆるものごとには先例があるため、裁判官はただ、自分の利益に反する先例を無視し、自分の望みにかなう先例を強調すればよい。先例をかんがみるようになってからというもの、法の下の裁きは、運次第の神明裁判から操作可能な裁決という高貴な態度にまで高められたのだ。
RECONSIDER [再考する]
v. すでになされた決断を正当化するものを探すこと。
REFLECTION [反省]
n. 精神的活動のひとつで、これにより我々は、二度とは再現されない昨日の出来事に関する明白な見解を得る。
RHADOMANCER [棒占い師]
n. 感知ロッドを使って貴金属を探り当てるひと――愚者のポケットから。
SELFISH [わがままな]
adj. 他人のわがままに対する思いやりが欠けている。
SOPHISTRY [詭弁]
n. 敵対者の論戦術。不誠実さや愚弄の巧さで優れているあたりで当人の論戦術と一線を画す。
原文:「The Devil's Dictionary」A.ビアス (著)